基本
- 「そんなのうまくいくはずがない」とやる気を失う態度
- 「大体お前はいつも~」と実は助言の皮をかぶった説教
- 「お前のためを思って~」と失敗の責任は取らない立場
- 「~に決まってる」と決めつけながら自分はしない断定
- 「俺も昔は~したもんだ」と自分を押し付けてくる昔話
- 「どうなっても知らないからな」と後味の悪い捨て台詞
- 「だから言ったじゃないか」と後で言いたいための伏線
応用
「○○だって? ふ~ん…。老婆心から一言いわせてもらうがね、そんなの絶対うまくいくはずがない。大体お前は○○関係で失敗してたじゃない
か。お前にはまだ早すぎる。昔から「良薬は口に苦し」とはよく言ったもんで、俺はお前のためを思って、こうして言ってやってるんだ(別に失敗の責任を取る
わけでは全くない)。だいたい○○なのに××なんて、ダメに決まっているだろうが。俺も昔は△△で□□しようとして失敗したもんだ。あの頃はバカだっ
た。…どうしてもやりたいなら止めはしないが、どうなっても知らないからな(→後で「だから言ったじゃないか」の追い打ちの余地)。」
考察
こういうの、あるでしょう。極端な例なので、助言とは思えないほど、クドくてウザくなってしまいましたが、全体を通して全く相手の立場に立と
うとせず、判断を押し付けるのが特徴になっています。逆に、自分の主張を控え目にして、相手の立場に立って有用な情報だけ渡して、判断自体は任せるのが、
良い助言でしょう。
もっと端的に言うと、悪い助言は出力に対して、良い助言は入力に対して、意識が向いています。上の例も要するに、自分の考えを他人にやらそう
としているから鬱陶しいのでしょう。それに責任回避が加わると大変です。特に、成功すれば自分の手柄にし、失敗すればその人の努力不足にするような場合、
最悪です。
助言する方を中心に考えましたが、もちろん助言される方にだって、良し悪しがあるでしょう。こちらは一言で言うと、「聞く耳を持たない」態度
が悪印象を与えます。話を最後まで聞かずに遮ったりすると、話がまとまらなくなります。情報を全部聞いてから判断しても遅くはないでしょう。とはいえ、上
の応用例みたいな話はあまり聞きたくないところですが…。
Tumblrはコンテンツと向き合うためのSNS。しかし、Reblogという行為は愛だ。
社会に対して何かを提供していく上で、本質的に代替が効かないのは、賢い奴でも器用な奴でもなくて、引力のある奴だ
読売が書いて、朝日が書かなかった事が2点ある。
1. 53人のDNA鑑定を再点検したら、日本人姉妹と親族関係には疑いない(=日本人姉妹の血縁であることは判明)
2. 朝日では「内定の事実はなかった」と簡単に書いてあるが、読売では「雇用の相談も受けてないと証言」と突っ込んだ内容
この2つである。
3日遅れで、クオリティが下がった記事をわざわざ掲載する朝日の意図はなんだろな? で、朝日は
在留資格取得に関わった弁護士のコメント
を取ってきている。これがまあ、「木で鼻をくくったような返事」を絵に描いたような内容なんだが、まさか、
この弁護士と朝日の関係
が
朝日の煮え切らない記事の原因
じゃないだろな? 誰だか知らないけどさ。朝日が取ってきた
「身元引受人が、これまで自分が働いたことのある職場を『ここなら就職できる』と思いこんで、雇用予定先と書いたのかもしれない」
ってコメントと、読売の
身元引受人が入国の際、53人の雇用予定先として、実際には内定していない大阪府内の5社を記載した陳述書を入管側に提出していたことが判明。5社から事情聴取したところ、「雇用の相談も受けていない」とも証言
という記事だと、全く印象が異なるんですが。
9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/13(火) 10:11:42.06 ID:SluAVy0HO
前を歩いていた小学生二人が突然片方が立ち止まり、
「あ!おれ、学校に忘れてきた!」
「え?何を?」
「将来の夢!」(たぶん宿題か何かの題名)
と言って戻って行ったのを見て、ちょうどその後ろを歩いていたおじさん二人が
「俺も忘れてきた気がするな~」
「気づいても取りに戻れないだろ~」
とか言ってて吹きそうだった。
昔、若いのにシッカリした先生が娘の担任で・・・・
懇談会で
「うちの子は、箸が未だにもてないんですけれど??!先生はお若いから指導のしかたもしらないんですか?」
と息巻いた御バカ母親がいて・・・おいおいと思っていたら
「箸の持ち方を幼稚園で指導するなんて今日まで考えたことがありませんでした。箸がもてるように家庭での生活を見直してください。他に何かご意見のあるかた~」
とはっきり言い返して、思わず「おぉ~」という歓声が低くクラスに響きました。
末子の時には明らかにバカな母親が
「先生が気に入らないから入学金を返せ」
とPTA総会で言い出し騒然となり、さすがに泣くかな・・・と思ったら
「気に入らない部分を今、すべておっしゃってください。改善できるところは改善いたします。」と・・・。
バカ母は「その気が強そうなところ、偉そうなところ、子供生んで無いくせに・・・」
と言い出しましたが、周りがドン引きで遠くのほうから「病気の人なの?」という声まで出て、尻つぼみ。
あの先生すごいです。
平田
要するに東京辺りだと、今、東大に行くのも、そんなに大変じゃないんですね、昔に比べると。だから、東京の受験校っていうのは、結構、変な授業もたくさんやっていて、例えば、うちは駒場なんで、筑波大附属駒場の先生と共同して、すごく変な授業をいろいろ出しているんです。ある年は、中学3年生に、夏休みに永山則夫の小説を3冊読ませて、後期全部かけて、永山則夫の評伝劇を作るっていう、これを国語の授業でやったんです。
佐々木
すごくいいですね。
平田
ちゃんと作るんですよ、中学3年生、14歳が。それは、筑波大附属駒場だからできるということもあるんですけど。
佐々木
今、言おうとしました(笑)。
平田
でも、そういう話を、この間も東大の先生としていたら、東大の先生も、「うん。本当に、例えば女子でも、御三家から来る子達っていうのは、結構遊んでから来るんだよね」って言っていて、この地域間格差が、今、すごく問題になっているんです。東大でも京大でも阪大でも問題になっている。
平田
そういうおもしろい授業をたくさん受けて大学に来る子達。例えばミュージカルを観たり、美術展を観たり、海外に留学していたり、親の趣味もあるけれども、いろんな豊かな教育を受けて東大に来る子達と、単位未履修で世界史も知らないで、とにかく受験の科目しか勉強してこないで、脇目も振らずに東大に来た子達、特に女子の場合に、やっぱり文字通りのカルチャーショックを受けて、不登校になっちゃう子もいるんです。
要するに、教育の地域間格差は解消したんだけれども、文化の格差がものすごいから、その地域間格差が、今、大学生達を苦しめているんですね。
佐々木
でも、子どもが自分で「やっぱりミュージカルを観なくちゃ」とか、なかなか思えないから、親というか、家庭環境がものすごく大切だということですね。でも、それこそ格差というか、どう子どもを育てるか、どのくらい重層的な、多角的な生活をするかっていう親の生活価値に関係してくる。
平田
それから、やっぱり家庭に余裕がないと、できないから、やはり本当に公的な支援がないと。教育再生会議が「親学」とかいって、「テレビを見せないで、演劇を観に行け」とか言いましたが、それはありがたいけど、観に行かせられる家は、もう観に行かせているんですよ。
で、この文化格差の方が本当は深刻で、これからどんどん第3次産業中心の、生活者中心の社会になっていきますから、そういう感性とかが、本当に生涯賃金を決める時代になるんですよね。
そうすると、子どものうちに、そういうのに行かせられる家庭と、行かせられない家庭で、格差がさらに広がる。今でさえ家庭の収入と子どもの学力の相関関係って問題になっているでしょ? でも、たぶん文化的なものって、もっとなんですよね。だから、本当に公的な支援をきちんとしないと、そこで、ものすごい格差社会になっちゃうんです。
あるバーテンダーの話
615 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/04(日) 03:41:23 ID:YHVIcSWV0
昔、俺がまだ神戸で雇われのバーテンダーだった頃の話。
その店は10階建てのビルの地下にあった。で、地下にはうちの店しかないんだけど、階段の途中にセンサーが付いてて、人が階段を通るとカウンターの中のフラッシュが光ってお客さんが来たのがわかる仕組みになっていた。
でもたまに、フラッシュが光っても誰も入ってこない、外を見ても誰も居ないって事があって、俺は寂しがりやの幽霊でも来たのかなって半分冗談みたいに、ウイスキーをワンショットカウンターの隅の席に置いて「ごゆっくりどうぞ〜」と言っていたんだ。
それからはそれがおまじないというか、げんかつぎみたいになって、そうゆうことがあると、いつもそれをしてた。そのうちお客さんも「おっ今日も来てるねー」みたいな感じになって(そうゆう日に限って店は凄く忙しくなった) 姿は見えないけど、その頃は店の常連さんみたいに思っていた。
ある冬の朝方、またフラッシュが光ったんで、こんな遅くにお客さんかぁと思って外を見ても誰も居ない。なんかそのまま朝の空気が心地よいので、階段の上まで昇って一服してたら、突然の大地震。そう阪神大震災です。
うちのビルは地下と一階部分がぺっちゃんこ。あのまま中に居たら確実に死んでました。
あとから考えるといつもただで飲ましてあげている、あの見えない常連さんが助けてくれたのかなぁと思います。
今も違う場所で自分でお店をやってますが、その店のスイングドアが風も無いのにギギィーって揺れたりすると、今でもウイスキーをワンショットカウンターの隅に置いてます。
そして心の中で「いらっしゃい。あの時はありがとうございました。」と思うようにしています。
「乳母捨て山」の話聞いたことありますか?
年老いた親を、子どもが背負って山に捨てるというやつです。
大昔、貧しさから本当にその風習があったそうです。
そしてこんなことがありました。
背負われている間、親は山の木の枝を折って落としましました。
やせこけた腕を一生懸命のばして、一本一本、折り続けました。
山奥に着き、自分を捨てて去っていく我が子に、親は言いました。
「目印に木の枝を折ったから迷わずに下るんだよ」
親ってこういうものです。